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【体験談】「地域おこし協力隊」からの転職は難しい?成功と失敗の分岐点、教えます。

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この記事は、元・地域おこし協力隊であった青年(私)が、任期終了後のキャリアチェンジで味わった「失敗」と、そこから掴み取った「成功」リアルな記録です。

「え、もうすぐ3年経つの? 私、この後どうなるの?」

都会の満員電車と深夜残業の日々に疲れ果て、「もっと人間らしい暮らしがしたい」「地域の役に立ちたい」と一念発起。

キラキラした「地方創生」という言葉に胸を躍らせ、縁もゆかりもない土地へ移住して地域おこし協力隊になったのが、つい昨日のことのようです。

しかし、現実は甘くありませんでした。あっという間に過ぎ去る任期。
迫りくる「卒業後」の進路選択。

「協力隊の経験なんて、普通の会社じゃ評価されないんじゃないか……」

そんな不安に押しつぶされそうになりながら、私の転職活動はスタートしました。

もしあなたが今、
「地方に移住してみたいけれど、その後のキャリアが不安」
「協力隊の任期が終わるけれど、次に何をすべきか分からない」
 と悩んでいるなら、ぜひ最後まで読んでみてください。

今回の体験談が、少しでもあなたの背中を押すきっかけになれば嬉しいです。

1. 理想と現実の狭間で。 「こんなはずじゃなかった」協力隊生活

私が配属されたのは、人口数千人の小さな町でした。
ミッションは「特産品の開発と販路拡大」
都会で営業職をしていた私は、「私のスキルでこの町を元気にするんだ!」と意気込んでいました。

しかし、着任早々、高い壁にぶつかります。

まず、「よそ者」への警戒心です。

都会から来た若者が何か新しいことをやろうとすると、「そんなの上手くいかないよ」「これまでのやり方を否定するのか」といった冷ややかな視線を感じることがありました。

信頼関係を築くまでに、想像以上の時間とエネルギーが必要でした。

次に、行政独特のスピード感とルールです。

「これをやりたい!」と提案しても、予算の承認や関係各所への根回しで数ヶ月かかることもザラ。「民間のスピード感なら1週間で終わる仕事なのに……」と、もどかしい思いを何度もしました。

そして何より辛かったのは、「自分は何のスキルが身についているのか分からない」という不安でした。

日々の業務は、地域イベントの手伝い、草刈り、おじいちゃん・おばあちゃんのお茶飲み相手、役場への報告書作成……。

「あれ? 私、地方創生のプロになるんじゃなかったっけ? これって転職市場で評価されるの?」と、任期の折り返し地点を過ぎた頃から、焦りが募っていきました。

2. 迫りくる「3年後の壁」。協力隊の卒業後の進路パターン

地域おこし協力隊の任期は、最長で3年です。
この「3年後の壁」は、すべての隊員に平等に訪れます。

私の周りの隊員たちも、任期終了が近づくにつれて、みんなソワソワし始めました。

卒業後の進路は、大きく分けて、
「定住・起業」
「地元に戻る(Uターン)」
「他地域や都市部へ転職」の3パターンがあります。

それぞれのリアルな声を比較表にまとめてみました。

【表】地域おこし協力隊卒業後の主な進路パターン比較

進路パターン主な内容メリットデメリット・課題
① 定住・起業その地域に残って開業したり、地元の企業に就職したりする。築いた人間関係を活かせる。
愛着のある土地で暮らせる。
安定した収入の確保が難しい。
仕事の選択肢が少ない。
② Uターン元の居住地や実家に戻り、以前のキャリアの延長線上で働く。土地勘があり生活基盤が安定。
都市部なら求人も多い。
「地方移住は失敗だったのか」という自己嫌悪に陥ることも。
満員電車への逆戻り。
③ 他地域・都市部へ転職協力隊経験を活かし、民間企業や他の自治体へ転職する。キャリアアップの機会がある。
新しい環境で挑戦できる。
協力隊経験を企業の論理で評価してもらうのが難しい(後述)。

私は悩んだ末に、「③ 他地域・都市部へ転職」の道を選びました。

この町は好きでしたが、経済的な自立が難しかったことと、「一度きりの人生、もっと広い世界でビジネススキルを磨きたい」という思いが強かったからです。

ここから、私の苦難の転職活動が始まりました。

3. 失敗談。転職活動でやらかした「痛いアピール」

意気揚々と転職エージェントに登録し、企業の面接を受け始めた。
しかし、書類選考は通過しても、一次面接でことごとく落ちてしまいました。

今振り返れば、当時の私は「痛いアピール」を繰り返していたのです。

失敗アピールその1:「熱意」と「想い」ばかり語る

「この町の素晴らしい文化を残したいという一心で活動しました!」
「地域のお年寄りの笑顔が私の原動力でした!」

面接で私は、活動への想いを熱く語りました。もちろん嘘ではありません。

でも、企業の採用担当者が聞きたいのは「感動ストーリー」ではなく、「あなたがうちの会社でいくら利益を生み出せるか」だったのです。
ビジネスの場において、感情論ばかりが先行し、「扱いにくい夢想家」に見えたのでしょう。

失敗アピールその2:「何でも屋」すぎて強みが見えない

職務経歴書には、イベント企画、SNS運用、商品開発補助、住民アンケート集計など、やったことを全て羅列しました。
「これだけ幅広い業務をこなせます!」というアピールのつもりでした。

しかし、転職エージェントの担当者からはバッサリ。
「これだと、何が得意な人なのか分かりませんね。『器用貧乏』という印象を持たれてしまいます」。

「ああ、やっぱり協力隊の3年間は、民間の転職市場では通用しないのか……」
すっかり自信を喪失し、一時は転職活動を諦めかけました。

4. 成功への転換点。 「協力隊経験」をビジネススキルに翻訳せよ!

どん底の私を救ってくれたのは、あるキャリアアドバイザーとの出会いでした。

彼女は私の話をじっくり聞いた後、こう言いました。

「あなたがやってきたことは、すごいことですよ。
 ただ、伝え方が企業の言語になっていないだけです。」

彼女のアドバイスを受け、私は自分の経験を「ビジネススキル」という言語に翻訳し直す作業に取り組みました。

例えば、こんな風にです。

  • 【Before】
    なかなか動いてくれない役場の人と、頑固な地元住民の間に入って、イベントをなんとか開催しました。大変でした。
  • 【After】
    【調整力・プロジェクト推進力】 利害関係が異なる行政職員と地域住民、約30名の間に立ち、双方の合意形成を図りながらプロジェクトを推進。当初反対の声もあったイベントを成功させ、来場者500名を集客しました。

  • 【Before】
    特産品のトマトを使った新しいジュースのラベルデザインを考えました。可愛くできたと思います。
  • 【After】
    【マーケティング・企画力】 特産品トマトのターゲット層を20代~30代女性に再設定。SNS映えを意識したパッケージデザインへのリニューアルを企画・提案し、前年比120%の売上増に貢献しました。

こうやって書き換えてみると、「泥臭い調整業務」は立派な「プロジェクトマネジメント経験」であり、「日々の雑務」の中にも「課題発見・解決能力」が隠されていることに気づきました。

協力隊の経験は、決して無駄ではなかった。
むしろ、マニュアルのない環境で自ら考え動いた経験は、変化の激しい現代のビジネスシーンでこそ強みになるはずだ。

そして最終的に、地方創生事業にも力を入れている都市部のITベンチャー企業から内定をいただくことができたのです。

5. 協力隊から民間企業へ転職して思うこと。  あの3年は無駄だったのか?

現在、私は新しい会社で、地方自治体と連携したDX推進プロジェクトに関わっています。

デスクワーク中心の日々に戻りましたが、協力隊時代の経験は、今の仕事に間違いなく活きています。

現場(地域)のリアルな空気感を知っているからこそ、机上の空論ではない提案ができます。
行政独特の論理やスピード感を肌感覚で理解しているからこそ、スムーズな折衝ができます。

もし、あなたが今「協力隊の経験なんて役に立たない」と思っているなら、それは大きな間違いです。

あなたが地域で流した汗や涙、人間関係の悩み、小さな成功体験のすべてが、かけがえのないキャリアの資産です。

大切なのは、その資産を「相手(企業)に伝わる言葉」で表現すること。
それさえできれば、あなたの市場価値は必ず高まります。

6. まとめ

地域おこし協力隊からのキャリアチェンジは、決して楽な道のりではありません。

理想と現実のギャップに苦しみ、「このままでいいのか」と悩む夜も多いでしょう。

転職活動では、地域の論理と企業の論理の違いに戸惑い、自信を失うこともあるかもしれません。
かつての私のように、「想い」ばかりが先行して失敗することもあるでしょう。

ですが、諦めないでください。

マニュアルのない地域社会で、多様な人々と関わりながら課題解決に取り組んだ3年間は、他の誰にも真似できない強烈な「ビジネススキル」の塊です。

必要なのは、その経験を「翻訳」する作業だけ。

あなたの泥臭い頑張りが、次のステージで大きく花開くことを、心から応援しています。

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